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私のサイクリングコース  四之続

今年初め、北印旛沼周回サイクリングコースの北東部に位置する「県立房総のむら」で行われる「どんと焼き」紹介しましたが、今回は歌舞伎「佐倉義民伝」でも知られる北印旛沼南端に位置する「甚兵衛渡し」です。義民 佐倉惣五郎の物語に出てくる「甚兵衛渡し」の由来は江戸時代の初めに遡ります。

公津村の名主 佐倉惣五郎は、凶作と重い年貢に苦しむ農民たちを救おうと、老中に籠直訴をするなど手をつくして税の軽減を願いましたがかなわず、やむなく徳川将軍家への直訴を決意。

 雪の降りしきる夜、江戸出府のため密かにこの渡し場を訪れた惣五郎を、仁侠の渡し守 甚兵衛は夜間の運行を禁止する藩命に背き舟を出し、惣五郎を対岸に送った後、捕らわれの身となり生きながらえるよりはと、凍える印旛沼に身を投じました。以後、この渡しを「甚兵衛渡し」と呼ぶようになります。

 江戸へ出た惣五郎は承応元年、上野寛永寺に参拝に訪れた四代将軍徳川家綱に直訴を決行し、願いは聞き届けられましたが、当時直訴は大罪であり、翌年、惣五郎と四人の子は処刑され、その刑場跡が現在の宗吾霊堂(東勝寺)のある場所と言われています。

現在の「甚兵衛渡し」は、昭和43年の大橋の完成により、情緒豊かな渡し舟の姿は消え、日本名松100選にも選ばれた水神の森公園となっています。対岸との間には成田空港と都心を40分で結ぶ成田スカイアクセス線が出現し、370年前の面影は消え、今はその名を留めるだけとなっています。

 梅雨入りを迎え、紫陽花の花弁の変化を楽しみつつ、美味しいビールのため、寒暖差に体を気づかいながら走りたいと思います。

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